2013年

10月

31日

リンクらせん

読者のアビー先生が、表現豊かでエゴ的には良さそうなブログを紹介してくれたのでリンクを貼っておきますね~。

其の名は「真我が目覚めるとき」でございます。

 

「私」のエゴの文章表現は良くも悪くもブッ飛んでいるっぽいので、「???」なときは、「真我が二度寝するとき」みたいな当ブログではなく、こちらのブログをご覧くださいませ…(他エゴ本願) 

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2013年

10月

31日

トリック or スカイハイ or ヤバイハイ

いーごーふらいふりーっ!!

…あっハロウィン違いでした。。。

 

さて、本日はそれっぽい発音で言ったらヘロインパーティーの日ですね。

 

どうでしょうか?

皆様におかれましても、エゴちゃんのTRICKは「全部お見通しだ!」なので、どうぞイタズラして気が済んだら、どっかに「お逝きなさい!」って感じなんですかね?(※このブログはテレビ朝日系列ではありません)

 

「私」はお菓子を渡さない、ってか渡せる手もないので、コカインパーティーは遠くのほうから観て楽しみたいと思います。

 

親愛なる読者の皆様、イタズラが過ぎる文章だからって、お菓子を着払いで送って強引に黙らせようなんてことはしないでくださいね♪

どうぞよろしくお願いいたしますm(- -)m

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2013年

10月

30日

工場見学の感想

なんとなくの根拠もクソもないインスピレーションですが、思考(脳)は「火種」で、感情(心臓)は「ふいご」のような感じがします。

そんでもって「ふいご」を観察していると、「ふいご」を動かす見知らぬ誰かさんの手が、普段よりも早く止まってくれるような気がします。(かといって心臓が止まるわけではないです)

やっぱり見られながらの作業ってのはやりづらいんですかね。

ちなみに見られて興奮を覚えるタイプだったら、どうなるかは知りません。あしからず。。。

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2013年

10月

29日

秋のシンプルシリーズ

今回はシンプルに図です。。。

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2013年

10月

28日

心理的距離=物理的距離?

最近のエゴ的な反省ですが、ちょっと言葉を並べ過ぎたかもしれませんね。

言葉の意味や観念が大好きなエゴからしてみりゃ、ただの餌でした。

 

今回はシンプルにいきます。

 

脳(思考)や心臓(感情)から出来るだけ意識を放してください。

別に思考や感情があっても構いません。

ただひたすらに距離を置く。それだけに徹底してみてください。

 

距離を置いて「心ここにあらず」でも、「存在する何か」は在り続けるので大丈夫ですから。急に死んだりとかはしないはずです、たぶん。

 

さて、今回は遠距離恋愛は失敗するケースが多いという都市伝説を参考にしました。

皆さんもエゴとの関係を見事に失敗させてみてくださいね。

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2013年

10月

27日

数学の成績も良くありませんでした。

昔に習ったはずが、最近知ったこと。

 

「n÷0=解なし」みたいです。

理由は( )×0=nで0=nになるからだそうで。

数学的にはナシでも「私」的にはアリですね。

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2013年

10月

25日

スピーディーラーニング 無料サンプル

「何もない」の感覚は「ないけど無限に在る」って感じで、ゼロと無限が同居しているので言葉では何とも説明しづらいですね。

よく昔の人は「空っぽ」なんて表現をしたみたいですが、それだと何かの容器がある感じがするので「私」のエゴ的にはあまり好みな表現ではありません。

 

ってな訳で、本日は「ゼロと無限が同居している感じ」を、皆さんのエゴにもまずは無料体験でお試ししてもらおうかなぁと思います。(※有料体験はありません)

 

気になるロケ地ですが、今回も「目」です。

 

それでは、平井堅ではないですが瞳を閉じてください。

 

明るい部屋ですと、目を閉じても光の影響で色が着いてしまうので、なるべく暗い部屋のほうが良いです。

 

さて、真っ暗になりましたか?

なりましたら、エゴにこんな質問をしてみてください。

 

「その暗闇はどこまで続いていますか?」

 

………。

 

どうでしょう、「あ~果てしない」とか「え?距離なんかないよ…」とか、エゴによって様々な感想が出てくるかと思います。

 

そうですね、どっちも正解です。

ってか不正解とは言えません。だって暗闇ってどこまで続こうが暗闇ですもの。どこから見ても見えるものに違いはありません。

 

でも…、暗闇は確かに在りましたよね?

そうなんです。矛盾しようが在るものは在るのです。

 

これが「ゼロと無限が同居している感じ」です。

 

かといって暗闇も所詮はエゴで見るものなので、暗闇=「何もない」=「私」となってくれないのが、エゴ的には厄介なんですがね(^^;)

 

しかしながら 「ないけど無限に在る」がエゴの目線からでも実感できるので、もしかしたら気づきのヒントになるかもしれません。

とりあえずお試しあれ!

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2013年

10月

24日

ほとんど質問を質問で返しています

こんな謎のブログに勇気を出してコメントを書いてくださった、タコラさんから「私」のエゴ的には良い質問があったのでご紹介いたします。

 

この「無(?)」を感じとることは結構前から出来ていて(自分の中に無限の静かな空間が広がってる感じ)、そこに中心のようなものがあって、そこから音やら何やらが浮かんでいることは何となーく分かるんですけども、この無が「本当の自分」という実感がイマイチ分からんちんです…

 

あと、映像も音も「本当に」ここから湧き出ているのか、何となーくじゃなくてばっちり!と認識したい、要は腑に落としたいんですが、何かいい方法?ないでしょうかね?

 

 

実は「私」のエゴもこの疑問は長く抱いていました。

その分際で「私」のエゴは何となく腑に落ちちゃったので、どこまで適切な回答ができるかどうかは分かりませんが、チャレンジだけはしてみます。

 

さて、回答のくせにいきなり皆さんに質問を投げかけてみます。

 

「自分」って何ですかね?

 

エゴ的には「名前、身体、心」など、いろいろ定義しちゃいそうですが、本当にそうですかね?

 

名前…人を分別するために作られた記号のようなものです。

身体…TPOに応じた五感を感じるために作られた道具のようなものです。

…記憶の組み合わせに基づいたリアクションをするために作られた装置みたいなものです。

 

さて、お気づきでしょうか?

これら全部、「自分と思われるもの以外」が原材料です。

ということは。。。

「自分と思われるもの以外」の「以外」が「自分」ってことになりませんか??

それってなんでしょう??

 

結局、エゴ的にも「自分」ってのは「無」みたいなもんなんですよね。

もしすでに「無」を感じていらっしゃるようであれば、エゴ的にもそれが「本当の自分」を実感していることになりませんかね?

 

あと、映像も音も「本当に」ここから湧き出ているのか認識していないということですが、ここは「無」を感じているエゴにとって嫌な質問を投げかけてみますね。

 

映像も音は「本当に」無から湧き出ていないんですかね?

ボリュームは1から始まりますかね?

 

この質問をエゴにぶつけてみたら何か腑に落ちるかもしれませんよ。

 

ここからはどこかで聞いたことがある台詞ですが「お好きにどうぞ」です。(エゴ的にはこれを無責任と言います)

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2013年

10月

23日

物理の成績は良くありませんでした。

この謎のブログの読者である招き猫さんが「視覚で追う後ろ前みたいなもんですかね。」って言葉に凄い共感を覚えた「私」のエゴちゃん。

 

理屈っぽい「私」のエゴちゃんはナゼ共感を覚えたのか考えてみました。

 

おそらく。。。

エゴちゃんの眼で前を見ようとする力と、体感で後ろを感じようとする力がつり合って、力がゼロになったからだと思います。

 

ぶっちゃけ合ってるかどうかは知りませんが、「私」のエゴちゃんはそれで納得しているので、それはそれで良しとしましょう。

 

さてさて、考えないのが一番手っ取り早いと知っておきながら、ワーワー言うとる「私」のエゴちゃんを皆さん生暖かい目か感覚で見守ってやってくださいまし。。。

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2013年

10月

22日

無見さん?無限さん?

謎の実験第二弾です。

 

前回は主に自我遊亭聴覚さんにご活躍いただきましたが、今回は同門の自我遊亭視覚さんにご活躍いただきます。

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2013年

10月

22日

エゴにとっては嫌な質問?

あなたにとって「長さ」「質量」「時間」の変化がないスペースはどこにありますか?

 

「どこ」とは言えない「そこ」が「私」です。

 

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2013年

10月

21日

いま会いにいきます

いやはや、前回の実験は見事に失敗っぽいですね。

 

でも、これで懲りないのが「私」のエゴたん。

前回の実験をヒントに、皆さんが何となく「覗き屋」を実感するためのエクササイズを開発いたしました。

割と直感で思いついたものなので、今度はエゴ的に言えば上手くいくかもしれません。

 

【「無音さん」を感じるエクササイズ】

1.概要

今回は528hzのサイン波を0.3秒、無音を1.2秒で交互にぶち込んでいます。前回の音は残響音等が含まれており、実は完全な無音がないことが判明しました。。。今回はその反省をふまえ、完全な無音状態を作っています。

2.聴き方

(1)目を瞑って前回と同じく無音をなるべく感じてみてください。上手くいけば無音の上に音が浮かんでいる感覚無音から音が生まれている感覚が実感できます。

(2)実感ができたら目を開けてください。上手くいけば(1)で感じた無音から映像が生まれている感覚が実感できます。

(3)実感ができたら心臓周辺を観察してみてください。上手くいけば呼吸や鼓動も無音から生まれている感覚が実感できます。

(4)あとは無音と一体化して「無音さん、マジでパねぇっす!」と言っている、今までクリエイターを気取っていたエゴの姿を観察してみてください。

 

さーて、今度は成功しますかねぇ。

ちなみに「物理的な何かをする」ということは、結局はエゴのエゴによるエゴのための所業なので、無音さんと出会ったらこんなエクササイズはすぐに忘れてくださいね。

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2013年

10月

20日

エゴの性質?

そこらへんからコピペしてきました。

 

人が指を動かそうとするとき,脳の中の,「動かそう」と意図する働きを担う部分と,筋肉を動かそうと指令する運動神経が,どんなタイミングで活動するかを計測したカリフォルニア大のリベット博士の実験だ。結果は実に意外だった。筋肉を動かすための運動神経の指令は,心が「動かそう」と意図する脳活動よりも,0.5秒も先だというのだ。

 

本当ですかね??

 

本当かどうか確かめるため、こんなmp3ファイルを作ってみました。

興味のある方は無理のない範囲で実験にご協力ください。

 

0.1秒間の528Hz(なんとか周波数)のサイン波のあとに0.4秒間の無音をぶち込んでみました。

皆さんが観察するのは音ではなくて無音です。

 

上の話が本当ならば、脳(エゴちゃん)は0.5秒以内に反応できないため、脳以外の「何か」で無音を聴くのではなく、感じるはずです。

 

「私」はすでに静かなところから覗いちゃっているので、何も特別な変化は感じませんでしたが。。。

 

真相はいかに?!

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2013年

10月

19日

すばらすうぃーとですぅー!

よく仏教?なんかでエゴの世界を「因」「縁」「果」と表現していますが、そのとおりだと思います。

 

「因」は「水」「縁」は「風」「果」は「波」といったところでしょうか。

 

では「私」は何か?

 

そんな流転する水を見守る「空(そら)」です。

「空」からして観れば、水だろうが波だろうが雲だろうが雨だろうが全部一緒です。

 

うーむ、龍樹とかいうインドのエゴが「空(くう)」とか言ってたのも、今なら何か分かる気がします。

 

余談ですが、倖田來未とかいう日本のエゴが「くう」とか言ってたのは、今でも何か分からない気がします。

 

分からないまま終わる それはそれでいいや!

 

※鳥山先生からやなせ先生へ徐々にシフトしつつある「私」のエゴちゃんです

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2013年

10月

18日

因数分解

「私」(エゴ1+エゴ2+エゴ3+…エゴ∞)

 

展開すると

 

エゴ1「私」+エゴ2「私」+エゴ3「私」+…エゴ∞「私」

 

色即是空 空即是色 ってこんなことを言いたかったのかもしれないですね。

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2013年

10月

17日

本日のみ限定公開 悟りメソッド

ふふふ、嘘です。限定公開ではないですよ。

ちょっとエゴちゃんが好きそうなワードをタイトルにぶっ込んでみました。

 

さて、この超適当なブログの読者であるアビーさんがリクエストをした訳でもないのに、勝手にリクエストしたと勘違いしちゃいましたので、悟りに近づくメソッド(あくまでも近づくだけです)を紹介しようかなと思います。

 

よく「○○すれば悟れる」とかいう美味しそうな話を耳にしますが、それは皆さんのエゴちゃんの性質によって異なると思いますので、メソッドとか言っておきながら、ここはあくまでも参考として、「私」のエゴちゃんと「私」が別れた原因っぽい、起こるべくして起きた出来事をこれから箇条書きでタラタラと述べますね。

 

1.某DVDを鑑賞中、液晶の中のオッサンが「悟りとは思考と感情(エゴ)を観察している状態(注意を向けている状態)」だと言い始める。

 

2.さらに「思考は大したことないが、感情は厄介だからよく観察してね」「感情を観察するとその周りに空間みたいなものができるYO!」みたいなことを言う。

 

3.これに対し「私」のエゴちゃんが「はあっ!?感情?確かにあるけど、そんなんどこにあるんだよ!」と軽く癇癪を起こしだす。

 

4.数日後、違う某DVDを鑑賞。作中にて「感情は心臓が生み出す」みたいなことを述べ出す。

 

5.これに対しエゴちゃんは「本当かよ~?脳じゃないの~?」と疑いを持ち始める。よって、本当かどうかググってみる。

 

6.こんな記事を発見。「人工心臓と引き換えに、感情を失ってしまった男」。この記事が本当かどうかも分からないのに、ここだけはやけに素直に「ふーん、じゃあそうなのかな?」とエゴちゃんは思い、心臓を意識し始める。だが、大した変化はなし。

 

7.またまた数日後、エゴちゃんにとってちょっとツライ出来事が起きてしまい、ネガティブな感情が発生。このときに初めて「ああっ!心臓から感情が湧いておる!」と認識する。

 

8.感情(心臓)を観察をしていると、感情とは別の「覗き見だけをしている何か」があることに気づく。それは「沈黙」や「余白」や「距離」や「いまここ」といった言葉に近いが、言葉では表現できない「何か」であった。

 

9.相変わらず感情は遠くのほうでピャーピャー何か騒いでいるのだが、この「感情」でも「思考」でもない「何か」こそが「私」なのだと図らずも「実感」してしまった。

 

10.これを受け、「思考」や「感情」がついに『すいません。。今まで「私」ヅラしていましたが、「私」は「何か」でした。。』と白旗を上げたので、「私」はそれを許し、「思考」や「感情」には道具として働いてもらうことにした。めでたしめでたし。

 

ふーっ、何とかキリ良く10項目でまとまりましたね。

 

そんな訳で以上のストーリーをきっかけに、以上のストーリーもエゴちゃんが生み出した産物だと実感している訳でございます。

 

よって、皆さんのエゴちゃんが「私」に降伏した暁には、こんなストーリーはさっさと忘れてくださいね。

 

「おい!君!このストーリーから外れてるじゃないか!」とエゴちゃんが調子をぶっこく可能性がございますので。

まぁ「私」の立場になると、こんなエゴちゃんの昔の子役みたいな棒読み台詞も「だから何?」って感じなんですけどね。

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2013年

10月

16日

Zを飛び越えて

「悟ると自由になるのですか?」という質問が、よく物質世界では巻き起こっているようですが、正解は自由であり不自由であります。

 

『またお馴染みの「ほこ×たて」かよ!』と思う読者様もいらっしゃると思いますが、マジなんです。

では、不自由な点と自由な点を挙げてみましょう。

 

【不自由な点】

エゴちゃん(変化する物質現象)はコントロールできないと分かってしまう点

 

【自由な点】

エゴちゃんによる「良い」「悪い」の判断なんかはどうでもいいと思える点

 

前にも申しましたが、物質現象は絶えず変化していまして、正直「私」でもコントロール不可能であります。

 

しかしながら、その物質現象への「良い」「悪い」とかいった判断は「私」とは一切関係なく、そのリアクション芸を観てりゃいいだけなので気が超ラクです。

 

そんなわけで「私」にとってエゴちゃんは天才リアクション芸人なんですが、たまに笑い欲しさに無茶をするので、そういうときは「私」という名の楽屋に引っ込めて、適当に落ち着かせています。

 

ここからは憶測ですが、スーパーサトリ人(人じゃないですが)は、たぶん物質現象の「良い」「悪い」がどうでもよすぎて、笑みすら浮かべなくなるんでしょうね。

きっと、クリリンが目の前で無残に殺されなくてもスーパーだと思います。

 

「私」におきましては、エゴちゃんの「私を観て楽しんでよ!」という命乞いを何となく受け入れちゃっているので、まだまだスーパーサトリ人には程遠いですが。

 

もし「私」をスーパーサトリ人と期待していた読者の方がいらっしゃいましたら、そいつは大変申し訳ございませんでした。

 

ってか、そもそもスーパーサトリ人だったら、こんな鳥山明先生のパクリみたいなブログ書いてませんわな。(開き直り)

 

この調子だと、そろそろブログのタイトルが「宇とか宙とかうるせぇな!GT(ごめんなさい、鳥山先生)」になるかもしれないですね。

 

さて、読者の皆さん、すでにご存知だとは思いますが、これが「軽口をたたく」という名の物質現象です。

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2013年

10月

16日

腐った卵の臭いがします

「私」の立場になると、対戦型TVゲームにおいて誰も好んで選択しないであろう「コンピューターVSコンピューター」を選択しているような気分になります。

 

観ていて気が楽で何よりなんですが、たまにエゴちゃんが「ヒマだ!」と大騒ぎすることがあります。

 

そんなときには仕方がないので「1P(エゴちゃん)」を選択してあげて、ゲームの中でエゴちゃんに喜びや苦しみが訪れるまで待ってあげてます。

 

エゴちゃんの飼い主からすると、ゲームに登場する全ての要素(キャラクター、イベント、ダンジョンetc...)がとても愛らしいです。

 

でも「私」としては「コンピューターVSコンピューター」のほうが正直面白いんですよね。

おかげさんで最近はエゴちゃんを放置気味でございます。

エゴちゃんが「たまごっち」なら、多分もう死んでますね。

 

昔は全く分かりませんでしたが、芸人の板尾創路さんがプロ野球のTVゲームをコンピューター同士で対戦させて見て楽しむのも、いまここでは何となく分からんでもないです。

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2013年

10月

15日

たまごクラブひよこクラブ

突然ですが、こんな言葉を辞書で調べてみました。

 

ばんぶつ‐るてん【万物流転】

この世にあるあらゆるものは、絶え間なく変化してやまないということ。

 

さて、問題です。

物質だから絶え間なく変化するのでしょうか。

絶え間なく変化するから物質なのでしょうか。

 

たぶん、どっちも正解です。

 

そんな訳で「絶え間なく変化するもの(物質)」は何か?

皆さん観察してみましょう。

意外なものも物質だと分かって面白いですよ。

 

【追記】

「やなせたかし」さんと呼ばれる身体が変化したみたいです。

 

彼が物質世界で遊んで作った詞を、皆さんと共有できればと思います。

 

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び

たとえ胸の傷が痛んでも

 

何の為に生まれて 何をして生きるのか

答えられないなんて そんなのは嫌だ!

今を生きることで 熱いこころ燃える

だから君は行くんだ微笑んで。

 

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び

たとえ胸の傷が痛んでも。

 

嗚呼アンパンマン優しい君は

行け!皆の夢守る為

 

何が君の幸せ 何をして喜ぶ

解らないまま終わる そんなのは嫌だ!

 

忘れないで夢を 零さないで涙

だから君は飛ぶんだ何処までも

 

そうだ!恐れないでみんなの為に

愛と勇気だけが友達さ

 

嗚呼アンパンマン優しい君は

行け!皆の夢守る為

 

時は早く過ぎる 光る星は消える

だから君は行くんだ微笑んで

 

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び

たとえどんな敵が相手でも

 

嗚呼アンパンマン優しい君は

 

行け!皆の夢守る為

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2013年

10月

15日

橋田もファミリー

さてさて、予言?通り「ゼロ人称」についてお話したいと思います。

 

皆さん、覚えていますか?

「○人称」って。

あの英語の授業でやったヤツです。

私は「一人称」で、あなたは「二人称」。

で、それ以外は「三人称」。

 

「私」は「悟り」だとか「瞑想」ってのは「ゼロ人称」の立場になることなんじゃないかなぁと勝手に感じております。

 

んじゃ、「ゼロ人称」ってなーに?

おいしいの?それ?

って話ですが、こいつは「一~三人称からでは五感を通じて発見することができないが、何となくやけに存在感だけはある空っぽの人称」とでもエゴ的に定義しておきましょうか。

エゴは日替わりサービスなので次はまた違うことを言ってるかもしれませんが。。。

 

よって、物質世界におけるどんなに凄いスピリチュアルティーチャーも所詮は一人称であるゆえ、「文字」や「言葉」で「悟り」とかいう現象を完璧には表現できないのであります。

 

ちなみにこの「ゼロ人称」の立場になると、「一~三人称って目があって耳があって…ほとんど大差ねーな…ってか一緒じゃん!」ってな驚きと感動を覚える確率が高いです。多分。

 

よってハリセンボンの近藤さんが「角野卓造じゃねーよ!」といくら言ったところで角野卓造であり、エゴの私であり、「私」なのであります。

 

つまり、渡る世間は「私」ばかりっといったところですかね。

 

おあとがよろしいようで。。。

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2013年

10月

14日

備忘録

明日の「いま」テーマは「ゼロ人称」です。。

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2013年

10月

14日

あのね!いたずらっ子だよ!

「気持ちここにあらず」って言葉は「いまここ」の感覚に近い気がします。

なんという言葉のイタズラだ。実に面白い。

 

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2013年

10月

14日

瞑想

よく悟りの状態になるには、瞑想が良いとか言いますが、「目を瞑って背筋を伸ばして…」とかいう形式にこだわった瞑想はただのポーズじゃないの?と思い、あの帽子を被った細身でグラサンのクネクネ歩くオジさんとやってることは大差がないのでは?と感じちゃいます。

 

「私」が私を使ってこの「瞑想」という言葉を表現するならば、「ただ思考と感情を眼球ではない何かで観ている状態」と表現しますかねぇ。

 

ま、最終的にはこんな言葉の定義はどうでもよくなるんですけどね。

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2013年

10月

12日

正解は?

越後製菓!

すいません、ついノリで叫んでしまいました。

 

「space」を辞書で引いてみると、正解なんて何もないことに気づくかもしれないですよ。。。

 

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2013年

10月

12日

「私は悟りました」…嘘ですが本当です。

オッス、オラ悟空!

記念すべき、いや、決して記念なんかではない初回のブログの冒頭にていきなり強烈な嘘をネジ込みました。

 

しかし悟空って凄い名前ですね。

「悟」「空」って。。。

写経している坊主とかが見たら、変な興奮を覚えちゃうんじゃないでしょうか。

最高にクールっす、悟空先輩。

 

さて、今日から「悟り」について語る人型ロボットですが、皆様すでにお分かりの通り、言葉の選び方が全く平均的ではありません。

何に対してかは分かりませんが、とりあえず先に謝っておきます。ごめんなさい!

…よし!どうせ読者層は悟りを目指すような温厚な人ばかりでしょうから、謝ったしこれからは何を言っても大丈夫でしょう!

 

ではでは、今日の本題。

ここからはちょっとそれっぽい言葉を用いていきます。

 

「私は悟りました」と堂々と言っているロン毛かツルッパゲのオッサンを、たまにこの物質世界で見かけますが、本質的な「悟り」ってのは行動ではなく、状態(存在?)であるような気がします。

 

「悟りの状態」だとお金もさがね(X-GUN)も大差ないですから、もし『ワイは「おくりびと」やない、「さとりびと」や!』みたいなことを言って、竜のクリスタルみたいな変な何かを売りつけてくる人が目の前に現れたら無視してくださいね。

 

そういや、この状態のことについて本を出すようなスピリチュアル先生は「いまここ」に在るとか言ってますよね。

 

まぁ、正直言えば物質と定義されるものは全部もう悟っているんですけどね。

 

しかしながら、どうも人間とかいう物質だけは、この「悟りモード」のスイッチをオフにしがちなんっすよ。

マジでチョベリバっすよね~。

 

ってなことで、このブログではスイッチをオフにしたままだけど、そろそろオンにしたいよ~ドラえも~ん!という方を対象に「私」の通訳である私が謎の言葉を残していきます。

ご了承くださいませ。

 

あと、すいません。

悟りモードがオンの人もこのアバターの戯言をどうか楽しんでくださいね。

 

それでは違う形の「私」である皆様、どうぞ宜しくお願いいたしまする。

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